アラブ首長国連邦(UAE)概要
平成24年7月
(1)正式名称:アラブ首長国連邦(The United Arab Emirates:UAE)
(2)面積:8.36万k㎡(北海道とほぼ同じ。アブダビが85%)
(3)人口:約448万8千人(2009年UAEイヤーブック掲載数値)
(4)首長国別人口は、アブダビ:149万3千人、ドバイ:147万8千人、シャルジャ:88万2千人、アジュマン:22万4千人、ウンム・ル・カイワイン:5万2千人、ラアス・ル・ハイマ:22万2千人、フジャイラ:13万7千人。
(5)在留邦人数:3,486人(2009年10月現在)
(6)首都:アブダビ首長国アブダビ市(96年恒久憲法により恒久首都に指定)
(7)主だった要人
●大統領:ハリーファ・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン(兼アブダビ首長、故ザーイド大統領長男)(His Highness Sheikh Khalifa bin Zayed Al Nahyan)
●副大統領兼首相:ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム(兼ドバイ首長)(His Highness Sheikh Mohammed bin Rashid Al Maktoum)
●アブダビ首長国皇太子:ムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン(兼連邦軍副最高司令官)(His Highness General Sheikh Mohammed bin Zayed Al Nahyan)
●外務大臣:アブダッラー・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン(故ザーイド大統領第18男)(His Highness Sheikh Abdullah bin Zayed Al Nahyan)
(1)紀元前3000年頃にさかのぼる居住痕が存在。7世紀イスラム帝国、次いでオスマン・トルコ、ポルトガル、オランダの支配を受ける。17世紀以降、英国のインド支配との関係で、この地域の戦略的重要性が認識される。
(2)18世紀末から19世紀初に、シャルジャを拠点とするカワースィム家が海洋勢力として現在のUAE沿岸全域を支配。19世紀を通じその勢力は減退し、英国と数度の戦争を戦い、その支配下に。
(3)一方、19世紀初期、アブダビは、カワィースムのライバルであったバニー・ヤース部族連合(18世紀にアラビア半島南部から移住)のザーイド(アブダビ首長家(ナヒヤーン家)の実質的始祖)により征服。なお、ドバイ首長家(マクトゥーム家)の祖先が、1833年に独立・分離。
(4)1853年、英は上記のカワースィムを含め当時「海賊勢力」と呼ばれた現在のUAE周辺の諸首長国と恒久休戦協定を結び、以後この地域は「休戦海岸(Trucial CoastないしTrucial States)」と呼ばれた。なお、1892年、現在UAEを構成する地域は、英の保護領となる。
(5)1968年、英国(労働党ウィルソン内閣)は、財政難を主な理由として71年末までにスエズ以東から軍事撤退すると宣言。これを受け、故ザーイド・アブダビ首長のイニシアティブの下、湾岸9首長国(今日のUAE7首長国とカタール及びバーレーン)が、英国撤退後の地域の安全保障のため連邦結成を目指すが、バーレーン及びカタールが相次いで単独の独立を宣言したため、71年12月2日、アブダビ、ドバイを中心とする6首長国からなる連邦が発足。翌72年、ラアス・ル・ハイマ首長国が参加し、今日のUAEが成立。
(1)7首長国(アブダビ、ドバイ、シャルジャ、ラアス・ル・ハイマ、アジュマン、フジャイラ、ウンム・ル・カイワイン)による連邦制。各首長国の首長は世襲。
(2)大統領は連邦最高評議会(メンバーは7首長)で選出。任期5年。慣例により、アブダビ首長が大統領、ドバイ首長が副大統領を務める。
(3)連邦政府は、外交、軍事、通貨・金融及び教育の一部のみを担当(石油・経済開発は個別首長国の権限。憲法第3条は、「各首長国政府は、憲法上連邦政府の管轄と規定されていないあらゆる事項につき、その首長国内の領土及び領水内における主権を行使し得る」と規定。)なお、連邦予算のほとんどはアブダビが負担。
(4)近年、ムハンマド皇太子の内外政両面における役割は一層活発化し、当国の最重要人物となっている。同腹兄弟(ファーティミーン)は何れも要職を占め、同兄弟による国政の主導が今後一層進むものと見られる。
(5)政府は労働者の自国民化(エミラタイゼーション)を推進中。100名を超える企業では被雇用者の3%にUAE国民の雇用を義務づけられる。
(1)現実重視の穏健外交。米国、GCCとの関係を重視。
(2)国際再生可能エネルギー機関(IRENA)本部招致、対アフガニスタン、パキスタン、パレスチナ支援等を通じ、域内及び国際場裡での発言力・政治的役割の強化を指向。
(3)イラン(71年から三島を占有)及びサウジとの間で領土問題あり。
(4)赤新月社(UAE Red Crescent Authority)を通じ、積極的な対外人道支援を実施。
(1)世界最高水準の一人当たりGDP
●10年のGDPは約2,976億ドル,前年度比10%増。うち,石油・天然ガス分野が約3割を占める。(アブダビはUAEのGDPの約6割。アブダビのGDPのうち約5割は石油・天然ガス分野によるもの。)
●10年の一人当たりのGDPは約47,439ドルで世界183カ国中6位(IMF)
(2)輸出の約半分は石油・天然ガス
●再輸出分を含む10年の輸出額は,約2,123億ドル。(10年の対日本輸出額は約292億ドル)
●輸出の約35%が石油,天然ガス(日本が最大の輸出相手)。
●非石油分野の輸出品は,真珠・宝石類,プラスティック・ゴム製品,船舶類等。
●主な再輸出先は、印、イラン、イラクなど。
(3)石油収入による余剰資金を海外で運用
●10年の石油収入は約601億ドル。
●莫大な石油収入による余剰資金をアブダビ投資庁(ADIA)を通じて国外の債券,株式,不動産市場等に投資。ADIAは,約6,270億ドルの金融資産を保有し,世界最大のソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)と言われる。
(4)貿易特区の設立により地域の物流ハブに
●10年の輸入額は,約1,614億ドル。(10年の対日本輸入額は約73億ドル)
●主な輸入品は,真珠・宝石類,輸送関連,原子炉・ボイラー関係等が中心。
主な輸入先は、印(17.1%),中(10.3%),米(8.5%),独(6.1%),日(5.9%)など。
(5)ドバイを中心に湾岸地域の金融センターとして機能
●04年、ドバイにフリーゾーン(ドバイ金融センター(DIFC))を設立し,外国資本100%所有の金融機関設立を許可。バーレーンに代わる金融センターとして成長。
(6)アブダビに経済多角化の柱になる工業地帯や工業都市の建設。
●外資100%の設立も一部認められる「ハリーファ工業地帯(KIZAD)」や,160社以上(11年5月現在)の企業が進出しているアブダビ工業都市(ICAD)など,アブダビでも経済多角化が着実に拡大。
(1)石油
●原油生産量:285万バーレル/日(10年)
●確認埋蔵量:978億バーレル(世界の7.1%、世界6位,可採年数:約94年)
●我が国への輸出量:77万バーレル/日(10年)(我が国輸入量の約21%,なお,過去10年におけるUAE依存度は20~26%の範囲)
● UAE消費量:68万バーレル/日(世界の0.8%,10年)
(2)天然ガス
●生産量:510億立方メートル(4,590万トン)/年(世界の1.6%,第17位)
●確認埋蔵量:6兆立方メートル(世界の3.2%,世界7位,可採年数:約118年)
●日本へのLNG輸出量:517万トン/年(10年)(日本の輸入量の7.4%)
●UAE消費量:605億立方メートル(5,450万トン)/年(世界の1.9%,10年)
●確認埋蔵量:6兆立方メートル(世界の3.3%、世界5位)
出典:経済産業省、貿易統計、BP統計、IEA
(1)UAE独立前の1968年には、日本企業がアブダビと油田権益契約を締結。71年12月2日のUAE独立翌日に国家承認。74年、日本大使館をアブダビに開設。95年、在ドバイ総領事館開設。
(2)UAEの在留邦人は3,486人(うち、アブダビに約670人、ドバイ及び北部首長国に2,816人)。中東アフリカ地域で最大の規模。日系進出企業数は、306社(うち、アブダビ37社、ドバイ及び北部首長国269社)
(3)我が国の輸入原油の約24%がUAE。UAEの生産する原油の約44%が日本向けに輸出。我が国の有する自主開発原油の過半がアブダビに集中。
(4)湾岸経済のハブとして発展するドバイには、日本の商社等の地域統括本部や製造業の広域物流拠点が置かれており、09年9月に業務を開始したドバイ・メトロの建設事業を日本企業が受注。
(5)ムハンマド・アブダビ皇太子の要請により、06年よりUAE人子弟をアブダビ日本人学校に受け入れている。(現在、小学校に4名、幼稚園に4名を受入中。)
(6)最近の主な要人往来は、我が国より、07年安倍総理、08年10月中曽根外相、09年直嶋経産相、UAEより07年ムハンマド・アブダビ皇太子、09年アブダッラー外相等。
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