在アラブ首長国連邦日本国大使館医務室

1. はじめに


アラブ首長国連邦に初めて来られた方は、どの季節に来られたかによってかなり印象が違って来ます。ほぼ北回帰線上に位置するこの国は、赤道上にある東南アジアの国とは比較にならないほど、夏はものすごく暑くなります。気温は日中は40度を超え、最低気温でも30度を下らない日が続きます。その上湿度がかなり高く、明け方には、そびえ立つビル群が、日本で梅雨時に冷蔵庫から出してしばらく置いておいたビールビンなるように、水滴でびっしょりになります。またサングラスをかけたまま建物から出ると、とたんに真っ白に曇ってしまいます。4月から10月の間は、まずは雨は一滴も降りません。
これに対して、11月から3月の間は、比較的過ごしやすい良い季節になります。日中は25度、夜間は15度ほどで、冬場のリゾートとしては最適と言われています。雨も時々降ります。しかし、イスラムの国であり、日本からはかなり遠いので、リゾートと言われてもそう簡単に来ることはできません。
服装については、他のイスラムの国に比べればかなり自由で、日本にいる時とほぼ同じ格好をしていても特に問題になることはありません。しかし、上で説明しましたような厳しい自然環境と公共交通機関の未発達のために、生活は建物の中、移動は乗用車という極めて人工的な環境のもとでの生活が続きます。
当国のもう一つの特徴は、経済的にはものすごくお金持ちであり、その上本来の当国人が全人口の2割程度しかいないことです。約8割の人たちは外国から来ている人です。このことからいろいろな現象が出てさますが、医療に関しては、以下のような特徴がでてきます。つまり、病院には高価な最新の医療機器がたくさん設置されていて、西欧の病院に決して負けていません。ところが病院の職員はまず当国の人でありません。医師とて例外ではなく、いろいろな国籍の医師が働いています。その技量のほどに多少のばらつきが見られるのは仕方がないのでしょうか。病院で使われる言葉は英語が共通語であり、医療のやり方もどちらかといえば西洋風です。
この小文は、以上のような環境下にこれから生活を始める方のために、当国で健康に過ごすためのこつをご説明したものであります。

 

 

 

2. UAEの衛生環境


衛生環境については一口で言えば、まず問題はありません。停電はほとんどありませんし、上下水道の設備は整っています。公共の場所にはごみ籠が数多く設置され、町のごみは清掃されていて、生ごみの収集も定期的に行われています。上水道の水は脱塩した海水や地下水から人工的に作りだされていて、作りだされた時点では完全にきれいです。しかし、下でも説明しますが、各家屋の貯水槽で問題が生じている場合があります。下水道も整っていますが、たまに降る雨に対してはあまり対策がなされていなくて、道格が冠水することがあります。日本でも問題になりますが、公園や道路でのごみの投げ捨てがあり、安い労働力を使って一生懸命清掃をしていますが追いつかない時もあるようです。生活からでる「ごみ」の分別はまったくせずにごみ袋になんでも入れて捨てられます。この点はたいへんおおらかです。
街にはのら猫はいますがのら犬はまずいません。ネズミも海岸の岸壁近く以外ではほとんど見られません。ご心配のサソリや毒へびも市街地にはいません。ごきぶり、蛾、蚊、などはいますが、数は少なく、住居の中で悩まされるということはまずありません。家ダニ、頭しらみが時に発生します。公園に行くと蟻がいて、これは日本のものより少し毒性が強いようですが、もちろん命に関わるようなことはありません。街中の芝生や木立の中では花卉が多いためか最近は蜂も見られるようになりましたが、暑いのと水が少ないのとで基本的に有害動物が生き難い環境です。それでも微生物(細菌、ウイルスなど)はいますから、感染症はあります。しかしこれもいわゆる風土病と言わなければならないようなものはなく、日本にいる時と同じような注意を守っていればまず問題ありません。
以上のようなわけで、衛生面ではまず問題ありません。もちろん常識の範囲内での注意は必要です。外から帰ったら手を洗い、できればうがいをする。生水は飲まない、などです。特に、気温が高くて汗をよくかきますので、シャワーをこまめにあび、水分補給を十分にすることが大切です。
下の日常生活上の注意の項でさらに詳しくご説明をします。

 

 

 

3. UAEの医療環境

 

(1)病院の仕組み
UAEでも日本と同じように公立(国立及び各首長国立)の病院と私立病院とがあります。2006年より医療保険の導入が始まり、当国で働く場合、スポンサーが被保険者となり医療保険に加入することが必要になりました。これによって以前は100%自費で受診していた私立病院も、保険を利用して安く受診できるようになりました。
私立病院には総合病院から、町の開業医のレベルまでたくさんあります。日本人会の婦人部が作っている病院リストもありますが、皆様の間でいろいろ口込み情報があると思いますので、そうした情報に基づいて受診先を選ぶと良いと思います。邦人の場合は、ほとんどの方がまずは私立病院を受診するようです。ここで大抵は問題が解決しますが、手術が必要と言われ、急遽帰国するということもあるようです。
当国の国立病院は立派な設備を備え、手術もかなり高度なことが出来るようです。また日本にはないような大きな産科専門病院もあります。しかし問題は、日本のようにきちんとした心遣いができておらず、食事を始め、いろいろ要求してやっとやってもらえることが多いことです。また病院によっては医療保険に加入していなければ診療を拒否される場合もあります。交通事故などで外傷の場合には、救急車で国立病院の救急室へ運ばれますので、医療保険に加入しているかどうか必ず確認することをお勧めします。

 

(2)薬剤の購入
当国では医薬分業です。つまり病院で医師に処方箋を書いてもらい、それを持って薬局に行って自分で薬を買うという形です。薬局ではこの時に薬の飲み方などを教えてくれます。ただ医師から処方される薬は日本人にとってはやや量が多目なので、不安がある場合には大使館医務室にお問い合せ下さい。
時には、医者にはかからずに薬だけ買いたいことがあるでしょう。この時は町にたくさんある薬局に入ってこれこれの薬がほしいと言えば売ってくれます。しかし、抗生物質などのある種の薬は売ってくれないことがあります。この場合に、どうしても必要ということであれば、大使館医務室にご連絡下さい。特にマラリアの予防薬とかワクチンについてはお問い合せいただくと良いと思います。
薬局では薬剤だけでなく、いろいろな衛生材料も売っていますので、なにか欲しいものがあったら薬局に行ってみると良いと思います。日本に比べて安く買えることが多いようです。さらにびっくりするのは薬局でもねばると値引きがあることです。
以上のことにもかかわらず、持病のある方や、小さなお子さんのおられる方は、使い慣れた薬を常備薬として日本からお持ちになるのが良いと思います。

 

(3)医療費
医療保険制度の導入に伴い、治療費の均一化が行われており、国立病院と私立病院とではあまり医療費に差はないはずです。しかし病院間では多少の違いはあるようです。

 

(4)病院受診時の注意
国立民間を問わず、UAEの医療レベルはそれはど低くはありません。ただ日本ほど均一かつ高度ではありませんから、医師のレベルの差が大きい、細かい配慮が足りない、患者の希望をあまり聞かない、などの問題があります。特に、医学用語は一般の方では難解なものがありますし、病状の説明も英語でしなければならないので、病院へ行くのは日本での時以上に気が重いと思います。大使館医務室ではこのような時にもお手伝いすることができますのでご連絡下さい。
病院へ行かれる場合には(歯科を含めて)、まず電話をかけて予約をとって下さい。日本とは違ってそれほど混んでいませんから、比較的容易に予約がとれるはずです。次に、病院へ行かれたら、どんな問題があるのかを医師にできるだけ詳しく説明して下さい。日本でも同じですが、診断名を患者側から言うのは得策ではありません。時には医師の判断を誤らせる危険すらあるからです。次には、どんな検査や治療行為をしてくれるのかをはっきり聞いてからそれらを受けるようにして下さい。内容が分からない場合には納得するまで説明を求めて下さい。日本では最近はインフォームドコンセントと言って、説明を十分聞いて患者さんが納得してから診療行為を行うことが一般化してきていますので、この国でもそれを要求して良いと思います。
以上のことにもかかわらず、ある程度以上の手術が必要な状態や、後遺症が残りそうな疾病の場合には、可能であれば帰国して診療を受ける方が良いでしょう。もちろん急性期の治療は受けて、フライトに耐えられるようになるまでは、当国で頑張らなければなりません(詳細は(6)参照)。
感染症や胃潰瘍(胃カメラを含む)などの治療は当国内で十分できます。また、慢性疾患(高血圧、糖尿病など)の管理も当国内で受ける必要があるでしょう。

 

(5)歯科について
国内には歯科もたくさんあります。国全体としては歯科医が不足しているとの情報もありますが、都市部にはたくさん歯科診療所があります。ヘルスセンタ-内、民間病院内、および開業の歯科医です。ほとんどの邦人の方は開業の歯科医にかかっているようですが、民間病院内の歯科もそれなりのレベルです。しかも治療費は、特殊材料を用いる治療であっても、保険の問題がある日本よりは安いと思います。日本払い戻しのことを十分確認されてから、評判の良い歯科医に治療してもらうと良いと思います。日本よりも短期間でやってくれます。

 

(6)緊急かつ重症の場合
急病や事故での怪我の場合、それが重症であれば、救急車で国立病院の救急室に運ばれます。もちろんそこで治療が開始されますが、安心してかつ高度な治療を受けることのできる文明国または日本に移送したいということがあるかもしれません。こうした場合に備えて、SOSとかEAJという保険に加入している方も多いと思います。しかし、緊急時にはいろいろなことが混乱しますから、日頃からいざという時のために、マニュアルを作っておくことが必要であると考えます。マラリアとか重症肝炎などの場合にはすみやかに判断と行動をする必要があります。
輸血が必要になる場合もあるかもしれません。当国では輸血用の血液はエイズ,B型およびC型肝炎を含めて、日本と同じレベルでチェックされています。したがって、原則的に輸血を受けても大丈夫です。ただ、輸血に関しては日本国内であっても抵抗感を持っている人がいると思います。この場合には輸血の必要性を十分確認し、納得してから輸血を受けるようにするしかありません。

 

 

 

4. 日常生活上の注意

 

(1)飲料水、食料
水道の水については、上でも説明しましたように、作られた時点では全く問題がありません。また各家庭のビルまでの水道管に関しても、この国では問題がないようです。問題は各ビルが備えている貯水槽です。これが掃除されていなくて不潔な場合には、蛇口から出る水は全く信用できないことになります。たとえ浄化フィルターをつけてもバクテリアは除去できません。したがって水道水に関してはそのままでは飲用に用いないで下さい。殺菌のためには少なくとも5分間の煮沸が必要です。ただし、洗面、うがい、シャワーなどに使うことはほとんどの場合問題ありません。どうしても心配だと思われる場合には依頼すれば検査をしてくれますので、大使館医務室までご相談下さい。
飲用にする水は市販のミネラルウォーターがよいでしょう。いくつかの銘柄がありますが、どれでもまず問題ありません。ただ、ボトルからラッパ飲みなどして、放置しておきますとバクテリアが繁殖しますので、清潔に扱って、開封してから時間の経ったものは使わないようにして下さい。
食料については、スーパーやス一クで買うかぎりは大丈夫です。しかし日本ほどは信用できませんから、よく吟味しながら、なるべく新しくて清潔なものを買うようにして下さい。特に野菜を生で食べる場合には、新鮮なものをよく洗ってから食べて下さい。基本的にはなんでも熱を通してから食べるほうが良いと思います。
外食はホテルのレストランなら大丈夫です。寿司やさしみも食べることができます。しかしそれ以外の場所では、やはり生ものはさけるほう良いでしょう。特に氷の浮かべてある水は注意すべきです。ミネラルウォーターをボトルごと注文して氷を入れずに飲むのがよいでしょう。しかし、最近はスーパーでかち割り氷も買えますので、お店によるかもしれません。

 

(2)交通事故
当国では死因の第二位が事故死です。「交通事故に注意する」というのはあまり医学的なことではないのですが、ご注意申し上げておいていけないことはないと思います。車の運転が結構乱暴で、スピードが出ていますので、いったん事故が起こると大怪我になります。幸い邦人の大事故は今までありませんでしたが、当国人の特に若者はひどい怪我をして運びこまれることが多いようです。地元の外科医と話しているとそのことが話題になります。
乱暴な運転をしないことはもちろんのこと、道路にある「ハンプス」には十分注意しましょう。また少しでも郊外にドライブに出かける時には売店の数が少ないことに加え、パンクなどで炎天下で長時間過ごさねばならない危険もあり、必ずミネラルウォーターのボトルを持って行き脱水にならないように気をつけて下さい。

 

(3)紫外線
当国はほとんど毎日が晴れで、景色や建物は白色が基調になっています。こうした特殊な条件下で、紫外線がたいへん氾濫しやすくなっています。紫外線はビタミンDの合成に役立つなど健康維持にとって大切なものですが、浴びすぎるとたいへん有害なものでもあります。紫外線の有害作用は大きく分けて二つあります。皮膚に対するものと、目に対するものです。
皮膚に対するものとしてはもちろん日焼けです。当地では日ざしがたいへん強いので、あっという間に激しく日焼けします。外に出る時には、長柚シャツ、長ズボン、帽子といういでたちがお勧めです。日焼けはくり返されると皮膚の老化を促進しますし、中年以降では皮膚ガンの可能性も多少あります。 目については白目が充血して炎症が起きます。これは結膜炎で、目を休めたり、目薬をつけたりする必要があります。良期間にわたって紫外線にさらされていると、白内障や網膜症が起さてくることもあります。外出の際は色が濃いめのサングラスを着用するのが良いでしょう。

 

(4)熱中症
熱中症とは、従来熱射病、日射病などと呼ばれていた夏期に多い代謝障害を総称する呼び方です。つまり、熱射病とは高温環境下に長く晒されて体内に熱が溜まってしまって高体温、無汗、意識低下などの症状を呈するものを言います。日射病とは日射に長時間さらされて同じ症状を呈するものを言います。この他に、熱疲労と言って、高温多湿環境に晒されて、多汗皮膚湿潤状態になり、体表はむしろ冷たくなっているという状態もあります。簡単に言えば、休憩も取らずに水分の補給も不十分なまま炎天下で長時間運動を続けて、その結果として頭痛、めまいなどが出てきて、さらにそのまま頑張ると吐いたり、呼吸が苦しくなったりするのが熱中症です。
熱中症を予防するためには、酷暑の時間帯ははずす、帽子などで日よけをする、のどが乾く前に適宜水分を補給するようにする、などが大切です。特にゴルフなどの時には、お互いに観察しあって調子が悪そうな人がいたら休ませることが必要です。もし熱中症になってしまったら、まずは体を冷やす(送風、氷枕)、水分補給をする、そしてゆっくり体を休めることが大切です。

 

(5)成人病の予防
当地では食べるものが結構おいしいし、レストランなどでは量もたくさん出ます。その上外は暑いので、室内生活と車内生活が多くなって、運動不足になります。このため、肥満、高血糖、高脂血症(コレステロールや中性脂肪が多くなる)、高血圧症、糖尿病などの成人病が起きやすくなります。運動不足が続いていると、将来の骨そしょう症の原因にもなりますし、いわゆるストレスがたまって、精神的にも安定を欠く状態になることが考えられます。
そこで、食生活に気をつけることと、適当に運動をすることが大切になります。
食生活では油っこいもの、糖分の高いものはたくさん食べないようにし、少し割高ですが日本食も取り混ぜて摂るようにすると良いでしょう。海外での生活ではどうしてもパーティーなども多くなりますので、食べすぎにならないように十分注意しましょう。
運動に関しては、テニス、水泳、ウォーキングなどがあります。ゴルフも運動になりますが、運動量としてはさほど多くなく、暑さや脱水に十分注意しないとかえって体に負担をかけることになります。ウォーキングはいつでも、どこでも、一人でもでき、運動の強さ、持続時間、回数も自由にコントロールできる点で最適です。しかし当国ではやはり日中には無理なので、早朝か夕方に行うことになるでしょう。女性ではヨガとかエアロビクスなどをしている方もおられるようです。水泳も良いのですが、海水浴は「夏は暑すぎて泳げません」ので、プールで行うことになります。
以上のことに十分注意されていても、体の状態については自覚症状がない場合がほとんどですから、定期的に健康診断を受けるように心がけましょう。

 

(6)密室生活
屋外はたいへん暑いので冷房の効いた室内で過ごす時間が長くなります。このことから、温度差の体への影響、閉鎖空間での換気の問題、冷房装置に巣くっている微生物の問題、などがでてきます。
夏は屋外と屋内とでは温度差が20度以上になりますので、体調が狂いがちになります。特に外で汗をたっぷりかいて屋内の冷房の中に飛び込むことをくり返すと自律神経がかなり疲れます。シャワーをさっとあびる、一時問程度の昼寝をするなどして体調を整えるようにしましょう。
換気については、上でも述べましたように、外の湿度がたいへん高いので、換気を急速に行うと室内がべとべとになりかねません。かといって完全に閉め切っているとやはり微生物などがはびこります。時間をかぎって部分的に換気をするようにしましょう。日本のようにふとんを干したり、じゅうたんを日に当てたりすることができないのは、なんともすっきりしませんが、仕方ないのでしょうか。
冷房装置には、ほこりだけでなく、いろいろな微生物がはびこっていると言われています。それらは、カビ、ダニ、レジオネーラなどのバクテリアであって、感染症ばかりでなくアレルギーの原因にもなっています。特に古いビルでは問題です。体のかゆみ、しつこい咳、原因不明の発熱などがありましたら、医師に相談してみるのがよいでしょう。ダニの消毒などはビルのウォッチマンが相談にのってくれる場合もあります。

 

 

 

5. 海外生活上の注意

 

(1)伝染病
日本国内では伝染病はあたかも撲滅されたかのような感があります。(実際は結核、食中毒など危険性はいっぱいあります)。しかし、海外に出るとなるとまず心配になるのは伝染病です。
確かにマラリア、A型肝炎、チフス、さらに旅行者下痢症と呼ばれるような食中毒、各種の寄生虫感染症などは心配の種です。さらに、場合によってはエイズとかB型およびC型肝炎(これらは血液および体液から感染する)が心配になるでしょう。
当国では、食中毒や肝炎のような伝染病が日本国内よりは高率に報告されています。しかし、これらは日常生活上の衛生管理によって予防できる病気であって、この国に生活しているから必然的にかかるというものでもありません。しかも、肝炎、結核とエイズなどに関しては、外国人は入国に際してチェックされていることもあって、たいへん少なくなっています。当国ではいわゆる風土病と呼ばれるような病気はありません。当国においては、日本国内におけるよりも多少は衛生管理に留意して、無謀なことをしなければ、伝染病にかかることはまずないと考えて良いと思います。
さそり、毒へびも、砂漠やワディへ行けば、いないわけではありませんが、あえて探さなければお目にかかれません。

 

(2)任国外旅行
日本国内でも最近話題になっているのが「輸入伝染病」です。国内でとうになくなったとか昔からないという病気が、外国に行ってきた人によって国内に持ち込まれるのです。文献によっては、旅行者下痢症の原因に、コレラ菌、下痢原性大腸菌、赤痢菌、チフス菌などすベてを入れているものもあって、輸入感染症の中でもっとも多いものとして注意を喚起しています。他にはマラリアが重要です。
こうした伝染病は日本国内では医師もあまり経験がなく、かりに症状が出ていても気がつかずに手遅れになる可能性もあります。
アラブ首長国連邦に生活されていて、ここから他の国に旅行される場合も、上と同じことがありえます。いわゆる先進国への旅行はあまり問題がないかもしれませんが、ここより衛生状悪がよくない国へ旅行する場合には、情報を十分に集め、必要な予防措置を施し、健康管理には重々注意して下さい。心配な点がありましたら、大使館医務室にご相談下さい。

 

(3)飛行機の問題
海外生活をする場合には、飛行機の問題がどうしても付きまといます。時差の問題、気圧の問題、妊婦および乳幼児の問題などです。出発地と当着地の温度差・気候の違い、機内の空気汚染(感染症、喫煙)の問題もあるでしょう。
時差については、現地についてからは、なるべく現地の時間にあわせて行動するのがよいでしょう。昼間は眠くても眠らないようにして、夜は最初は少し睡眠薬を使ってでも眠るようにします。時差ぼけの時には頭があまり回転しませんから、スケジュールには余裕を持たせる方が良いでしょう。乳幼児は成人より時差ぼけの回復に時間がかかります。
飛行機に乗ると耳が痛くなる人がいます。これは鼓膜の内外の圧に差ができてしまうのが原因です。喉の奥には耳管といって耳の内部に通じている管の開口部があって、ここが開きにくい人がこの症状をだします。予防としては、ガムをかむ、アメをなめる、あくびをする、唾を飲み込む、などがあります。
妊婦に関しては、出産予定日がわからない時、妊娠34週以上、多胎妊娠の場合には搭乗できません。妊娠14週以内の場合も乗らないほうが良いでしょう。子供に関しては、やはり生後3ヵ月以上経ってからのほうが良いでしょう。小さい子供さんの場合には、飛行機の中で眠れるような工夫も必要でしょう。
エコノミー症候群は長時間の飛行中の運動不足、アルコール摂取による脱水、座った姿勢を続けることなどが原因で大腿部や腰部の血管内に凝血が生じ、これが肺の血管を詰まらせて発症する病気です。座席に座ったままでの体操法も紹介されていますので確認しておきましょう。

 

 

 

6. 子供の病気

 

どこの国でも子どもの病気で多いのは感染症です。当国では、水痘の予防接種が一般的に行われていないため、特に水痘が多いようです。ふだん健康で重大な基礎疾患のないお子さんの場合には、これにかかっても重大な結果になることはまずありませんから心配はいらないと思います。これ以外の感染症は、当国の定型的な予防接種を受けていればまず大丈夫です
これら以外の病気としては、アトピー性皮膚炎や喘息などのアレルギー性疾患、スポーツや成長に伴う関節や軟部組織の痛み、耳鼻科関係の疾患などが問題として多いと思います。これらは個々に対処していく必要があります。

 

 

日本では平成7年4月から予防接種の施行方法が改正され、
従来の集団接種から個別の任意接種へと変わりました。

 

当国では基本的に任意個別接種ですが、日本といくぶん違った種類、回数の予防接種を行っています。しかし、WHOの勧めるスケジュールに沿っており、問題はありません。日本でのように親切な案内などは来ませんので、自分から病院に行かないと接種を受けられません。接種料金は実費払いになります。予防接種の対象になるお子さんをお持ちの方はかかりつけの小児科医を決めておいて相談されるとよいと思います。

 

当国厚生省の予防接種計画は次の通りです。

 

出生時
BCG、HBV-1
生後1ヶ月
HBV-2
生後2ヶ月
OPV-1、DPT-1、HIB-1
生後4ヶ月
OPV-2、DPT-2、HIB-2
生後6ヶ月
OPV-3、DPT-3、HIB-3
生後8ヶ月
麻疹、HBV-3
生後15ヶ月
MMR、HIB
生後18ヶ月
OPV-4、DPT-4
6歳
OPV-5、DT、MMR
12歳
風疹
(HBV: B型肝炎、OPV: 経口ポリオワクチン、HIB: インフルエンザ菌ワクチン、D: ジフテリア、P: 百日咳、T: 破傷風、M: 流行性耳下腺炎、M: 麻疹、R: 風疹 )
*水痘は必要により接種

 

 

7. 成人の病気

 

成人がなる病気にはありとあらゆるものがあって、とてもすべては説明しきれません。ここではいわゆる成人病と成人がかかりやすい感染症について説明します。
まず成人病ですが、それらには高血糖症(糖尿病)、高脂血症、高血圧症、高尿酸血症、そしてこれらすべての基礎としての肥満があります。日常生活上の注意の項でもご説明しましたが、高栄養と運動不足のために、当国での生活はどうしても成人病を引き起こしやすくなります。上に挙げた成人病はなぜいけないかと言いますと、これらすへては「血管の老化」を引き起こすからです。血管が痛むと心臓や脳といったきわめて大切な臓器に障害がでます。また糖尿病のもっとも恐ろしい合併症は眼とか腎臓の血管が傷んで機能障害を起こしてくることです。
ここでは特に肥満についてご説明します。肥満している人はそうでない人に比べて、脳血管障害、心臓疾患、肝硬変などで死亡することが多く、糖尿病、心臓病、肝胆疾患などで入院することが多いと言われています。
肥満度の計算方法は、下のBMI(Body Mass Index)がよく使われていますので、各人計算してみられるとよいと思います。

 

BMI:Body Weight(kg)/[Body Length(m)]2


正常範囲は21ー25です。21より低い人も必ずしも安全ではありません。こういう方はやはり体力がなく病気にかかりやすいことが知られています。
肥満の解消には、食事療法と運動療法がバランスよく行われる必要があります。ここでは詳しくはご説明できませんが、いずれもあまり無理をすることは避けなければなりません。
もう一つの成人病として、胃潰瘍があります。これについてはストレスなど様々な原因がいわれてきましたが、最近の知見では、ヘリコバクターピロリというバクテリアが原因になっていることが多いとのことです。胃透視や胃カメラを行って潰瘍の有無を確認することも大切ですが、胃内にこのバクテリアがいないかどうか検査することも大切です。当地の病院でも血液で簡単に検査ができます。
感染症に関しては、通常の風邪とか下痢とかはあまり問題がありませんが、やはり肝炎とか性病ということになるとそうもいっていられません。肝炎の場合には長期間(最低一ヵ月)の休養を強いられますし、性病の場合には社会的な問題にもなりかねないからです。
肝炎には現在までに、AからFまでの6種頚のウイルスが同定されています。このうち今のところはA、B、Cの3種頚が特に問題になっています。A型は経口感染しますが、B型とC型とは血液等の体液によって感染します。またA型は慢性化することはありませんが、B型とC型は慢性化(持続感染)していわゆるキャリアーになることがあります。どの型にしろ急性期には入院して集中治療する必要がありますし、劇症肝炎といって生命にかかわる状態になることもあります。現在のところ、ワクチンで予防できるのは、A型とB型のみです。当国では通常の生活をしていれば肝炎の心配はまずないのですが、生ものを食べたいなど冒険好きの人はA型肝炎の予防注射をしておくほうが良いでしょう。
性病に関しても、通常の生活をしていればもちろん問題ありません。当国では「イスラムの教えにのっとって生活していれば大丈夫」という新聞記事などもみかけます。エイズに関しては当国の発表データは十分ではありません。ただ知識として知っておいていただいて良いと思われるのは、異性間交渉でも感染の危険は十分あるということです。Safe sexを心がけていただきたいと思います。

 

 

成人の予防接種に関しては以下のようにたくさんのものがあります。
簡単に説明しておきますので、必要に応じて受けて下さい。

 

A型肝炎 経口感染しますので、衛生状態の悪い土地へ出かける場合には受けておくほうが良いでしょう。特に生ものを食べる場合には要注意です。
B型肝炎 医療行為、特に手術や輸血の際に危険です。免疫をもっていて悪いことはないので、もし抗体をもっていないようでしたら、予防接種を受けておくほうが安心です。
コレラ コレラワクチンは効果が長続きしないので、WHOは接種をすすめていません。
ペスト ペストワクチンは副作用が強いので特殊な場合以外は使われていません。
チフス 最近経口ワクチンが開発されました。流行地へ出かける場合には予防するほうが良いでしょう。
髄膜炎菌性
髄膜炎
細菌性の髄膜炎が、特にハッジ(聖地巡礼)の時に流行します。流行地へ出かける場合に予防注射が必要です。
黄熟病 アフリカの国の中では入国に際して予防接種を義務づけているところがあります。この予防接種だけは病院ではなく、検疫所でしか受けられません。
狂犬病 アフリカや南米では心配があります。特に動物に接触する人は必須です。
日本脳炎 小児期に予防接種することになっていますが、東南アジアなどの流行地の農村部に滞在する場合には必要になります(豚のいない所では不必要)。
破傷風 土や砂で汚れた傷では感染の可能性があります。やはり小児期に予防接種することになっていますが、動物の糞便などが見られる土地で怪我をしたら直後にトキソイドを注射しておく方が無難です。
インフルエンザ杆菌 いままでのワクチンはあまり有効でないものが多かったのですが、改良が進んだようですので、流行地へ行く場合には受ける方がよいでしょう。
ヴィールス性
インフルエンザ
検査法、薬物治療法共に格段の進歩が見られ、ワクチンの効果も優れています。
マラリア マラリアの予防薬は内服薬です。マラリアの汚染地区へ出かける場合にはぜひ使用して下さい。どの地域へでかけるかによって薬が違ってきますので、必要な場合には大使館医務室に問い合わせて下さい。しかしなんと言っても大切なのは、蚊に刺されないようにすることです。厚手の布製の長袖シャツや長ズボンを着用し、昆虫忌避剤や蚊帳を使用し、夕方から夜間かけて活動するはまだら蚊を避ける工夫が必要です。

 

 

8. 家庭での応急処置

 

(1)発熱
一般的には体のどこかに炎症が起きていると発熱します。原因は細菌やウイルスの他いろいろありますから、単に熱が出たといって軽くみることは危険です。また、熱がでたらさませば良いというほど簡単なものでもありません。発熱は体からの危険信号を意味すると同時に、最良の治療効果も持っています。良くわからない場合には医師に相談して下さい。
発熱の原因としていちばん多いのはウイルス感染による風邪(感冒)です。これには特効薬はありませんから、三日ほど風邪薬をのみながら安静療養すれば、たいていは解熱して回復します。氷枕で頭を冷やすことも有効です。大量に汗をかくようになれば回復も間もなくです。
発熱に喉の痛みを伴えば急性扁桃炎か急性咽頭炎です。強い咳や胸痛が伴えば気管支炎や肺炎を考えます。この場合には解熱剤だけでなく、抗生物質が必要になることがあります。しかし細菌感染が認められない内に抗生物質をしろうと判断で使うことには問題がありますので、必ず医師に相談してからにして下さい。

 

(2)下痢
下痢になったらまず大切なことは水分補給です。少なくとも出た分だけは補給する必要があります。この場合には、ただのミネラルウォーターではなく、ポカリスウェットなどのスポーツドリンクや、薬局で売っている水分補給用のパウダー(ORS:Oral rehydration solution)を用いるとよいでしょう。もし手元にあれば、整腸剤を使ってみるのも良いでしょう。
しかし、下痢便に血液が混じる、激しい腹痛があって発熱している、吐き気があったり実際に吐いているなどの場合には、医師の診察を受ける必要があります。特にロから水分補給できない時には危険ですから、すぐに医師に連路して下さい。

 

(3)怪我
怪我をした場合にはまずは傷口をきれいに洗って下さい。やたらに押さえ込んで血を止めようとすることはかえって破傷風などの危険性を高めます。動物に噛まれた場合なども傷口をきれいに洗って下さい。そして手持ちの消毒薬で消毒して下さい。
もちろん動脈が切れて大量に出血している場合には血を止めることも大切ですが、これはしろうとではなかなか困難です。顔面や頭部の怪我ではびっくりするほどたくさん血がでますが、清潔な布で圧迫していれば出血は少なくなります。
血が止まった後は、化膿することも考えて、抗生物質を含む軟膏やクリームを使うほうがよいでしょう。

 

(4)鼻血
鼻血は子供ではよくみられるものです。鼻をいじりすぎたり、風邪で鼻の粘膜が傷んでいたりすると出血します。鼻血は鼻中隔(左右の鼻の穴の問のしきり)の粘膜で、小鼻をつまんで圧迫できる部位から出ていることがほとんどです。したがって鼻をつまんで圧迫すればよいのですが、この場合に小さめ(ちょうど鼻の穴の大きさ)の脱脂綿を挿入してから、圧迫すると良いでしょう。しかし、乾燥した脱脂綿ではくっついてしまって後で取ろうとすると再出血することもありますので、手元に消毒薬があれば、脱脂綿をこれに浸して軽くしぼって入れ直すとよいかもしれません。また、鼻の上から濡れタオルをかけたり、上着のぼたんをはずしてリラックスさせたりするのも良いでしょう。
出血が多量でなかなか止まらない場合には耳鼻科に駆け込む必要があります。

 

(5)痛み
痛みも発熱と同じで、体になんらかの異常がある場合の警告です。一般的には安静、鎮痛剤、湿布などで様子をみますが、漫然と痛み止めを使うことはぜひ避けるべきです。重大な病気が潜んでいて、これを見逃す危険牲があるからです。 痛む部位が固定していて、しかもだんだんひどくなる場合には特に要注意です。例えば、右下腹部の痛みは盲腸炎(正しくは虫垂炎)、背中の痛みは腎結石というぐあいです。特に注意すべきは頭痛で、脳腫瘍やくも膜下出血などが隠れている場合があります。痛む部位が同じであって、発熱や下痢を伴う場合には医師の診察を受けて下さい。
当国のように暑いところでは頭痛を感じることが多くなります。これは大量の発汗のために水分と電解質が失われて脱水状態になるためです。水分を補給して涼しい所で休む必要があります。

 

 

 

9. おわりに

 

アラブ首長国連邦の生活環境、特に気象は日本とは全く異なっています。しかし、邦人の方々はおおむね健康に過ごされています。それはやはり日本との違いを十分に頭に入れて、健康に十分留意しておられる結果 だと思います。当国ではその暑さとイスラムの慣習からだと思いますが、日中の一時から五時の間は昼休みということになっています。この間に昼寝をするのでしょう。夕方五時からはもう一仕事ということになり、夕食が遅い時間になります。「郷に入っては郷に従え」というわけで、私たちも昼寝をし、アザーン(お祈りの呼びかけ)を聞きながら、当地の生活スタイルに合わせて暮らすのが賢明なので はないでしょうか。
当国は日本に比べれば、医療面、特に予防医学や福祉面 で、まだまだ遅れています。医療の質を上げるための努力もかなりなされていますが、これからという点も多々あります。こうした環境ですので、本小冊子が「ころばぬ 先の杖」として少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。

 

 

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大使館の医務室ではいろいろな医療相談をお受けしています。どんなことでもお困りのことがありましたらご連絡下さい。ただし、診療については、すべてについて診断や治療はできかねますので、地元の病院をご紹介することになる場合があります。この場合にはお差し支えのない範囲で病院へご一緒させていただくよう努力しています。なお、ご相談いただいた場合、特に医務室で治療までさせていただいた場合には、経過のことが気になりますので、結果 をご一報いただけたらたいへん幸いと思っておりますので、よろしくお願い申し上げます。